感情規則と三者関係の認知的斉合性を用いた二重拘束のモデル

野村 竜也 (Nomura Tatsuya)*  林 勲 (Hayashi Isao)*
青木 博明 (Aoki Hiroaki)**  前田 利之 (Maeda Toshiyuki)***
(*: 阪南大学経営情報学部 **: 阪南大学経済学部 ***: 福山平成大学経営学部)
キーワード:二重拘束、感情社会学、感情規則、認知的斉合性、三者関係


はじめに

 二重拘束仮説(Bateson, 1972)は、精神分裂症の発生要因を精神的外傷などの個人の精神力動のレベルだけでなく、人間間のコミュニケーションにおける矛盾に求めた理論であり、提唱された50年代以降、理論的に大きな進展はないとされている(Ciompi, 1982}が、治療論の面では、80年代に確立されたシステム論的家族療法で応用されている(岡堂, 1992)。その成立条件は、以下のように定式化されている:
  • 1:2人以上の人間の関与 (一人の犠牲者(多くは子供)と他の加害者(多くは母親))。
  • 2:経験の繰り返しによる状況認識の慣習化。
  • 3:第1の禁止のメッセージの存在 (例:「〜をしてはならない」(罰則あり))。
  • 4:第1の禁止メッセージに矛盾する第2の禁止のメッセージの存在。(例:「先述の命令に盲従してはならない」(これも罰則あり))。
  • 5:矛盾状況からの回避を禁止する第3のメッセージの存在 (例:「自分の気持ちの矛盾について考えてはならない」)。
  • 6:上記の枠組に捕らわれた形で犠牲者が世界の知覚を行なうようになれば、上記の全ての条件が揃う必要はない。
  •  二重拘束仮説の主眼はコミュニケーションモードの混在にある。Bateson (1972)によれば、人間のコミュニケーションは様々な論理階型にまたがって営まれており、通常の人間は自分の思考や自分の発するメッセージおよび他人から受けとるメッセージに適正なモードを振り分けることができる。しかし、二重拘束状況に捕らわれた人間は、(i)適切な応答を行なうために、行き交うメッセージの類別を正確に行なうことが死活問題と感じられ、(ii)相手から届くメッセージがその高次のレベルと低次のレベルで矛盾しており、(iii)その矛盾を解きほぐそうにもそれについてコメントできない。このため、相手のどちらのレベルのメッセージに対して反応すればよいのかわからず、今起こっているコミュニケーションについてコミュニケートすることができずにいるため、コミュニケーションモードの振り分けが困難となる。

     長谷(1989)はこの二重拘束に対して、従来の日常的コミュニケーションにおける論理的パラドックスの問題としてではなく、関係システムにおけるポジティブとネガティブのフィードバックの安定状態として捉えるシステム論的アプローチを提案している。本稿では、この類似アプローチとしてさらに具体的に、感情社会学(岡原ら, 1997)における感情規則の概念(Hochschild, 1979)と、三者関係における認知的斉合性の理論、特にNewcomb(1953)のA-B-XモデルとHeider(1958)のP-O-Xモデルを用いて、二重拘束の関係システムとしての状態記述モデルを提案する。

    関係システムとしての二重拘束

     感情規則は、感情社会学の中でも、感情の生成の際の認知的評価の歴史性や文化性、感情経験および感情表出の次元での社会性を問題とする立場であるシンボリック・インタラクショニズム(相互行為論)の中心概念としてHochschild(1979)が提唱しているものである。感情規則は、我々が持つ感情に関わる権利や義務の感覚を、社会化により成員に伝達され社会統制によって安定する社会的に共有された解釈モデルとして表現するものであり、その中には、「人を殺すのを喜んではいけない」というような普遍的なものもあれば、「近親者の喪失に対しては悲しみを表出すべき」などの規範的な期待一般もある。さらには個人が担うジェンダー・年齢・職業などの相違や、民族・社会集団・階層などの文化的相違に基づいて異なり、フェミニズムの浸透による文化変容など社会のイデオロギー構造の変質に伴って歴史的にも変容する。

     山田は岡原ら(1997)において、感情規則の観点から二重拘束を「感じているもの」と「感じなければならないもの」とのギャップの問題として捉えることを示唆している。本稿では、この山田の示唆を相矛盾する2つの感情規則と認知 者との三者関係、およびその三者関係を共有する二者を含む関係システムとして解釈し、以下のように表現する。


    図1:矛盾する感情規則に対する二重拘束の初期の状態

     図1において、Rおよび¬Rは相矛盾する感情規則(例えば、「母親は家族を憎んではならない」と「母親は家族を憎んでもかまわない」)を表し、P1は二重拘束における加害者、P2は被害者を表している。各矢印は、A-B-XモデルおよびP-O-Xモデルにおける正負の態度や関係を表している(Rと¬Rは相矛盾するため負の関係で結ばれているとする)。図1においては、まずP2-R-¬Rの三角形がインバランスであり、P2は相矛盾する感情規則に対して同じ態度を持つことで、相反する感情を同時に喚起・表出するというギャップを抱え込んでいる。さらに、P2-R-¬RのインバランスがP2-P1-R、P2-P1-¬R、P2-R-¬Rが同時にバランスすることを妨げ、P2がそれぞれに対して関係を決定できないという不安定な状態に陥っている。これは、上述の二重拘束の条件における相矛盾する第1と第2のメッセージの存在を表現するものである。


    図2:感情規則に対する三者構造の変化のループとしての二重拘束の表現

     次に、図2に示されるように、P2はこの不安定状態そのものを概念化してP1を含む新たな三者関係を上位レベルで構成し、P1に負の態度を向けることでこの三角形をバランス状態に置こうとする。これは、上述の二重拘束の初期の矛盾状態からの回避を表すものであるが、P1がP2に対して正の態度を向けることで、A-B-Xモデルが持つ安定化の力にによりP2は態度を変容させられ、再び下位レベルの不安定状態に引き戻される。これは、上述の二重拘束の条件における第3のメッセージ、つまり矛盾状況からの逃避禁止メッセージの存在を表現するものである。さらに、図2においては、下位レベルの三者関係からの逃避による上位レベルの三者関係の構築とその無効化および下位レベルの三者関係での不安定状態がループをなし、P2-R-¬Rの三角形の影響が弱体化してP1と同じ矛盾状態をP2が抱え込む過程を表している。これは、上述の二重拘束の条件における経験の繰り返しによる状況認識の慣習化を表現するものである。

    考察

     当面の課題は本モデルの有効性を何らかの形で示すことであるが、これを行う上で2種類の方向が考えられる。実証主義的方向では、二重拘束の多数の症例を分析し、実際に相反する感情規則との関係システムが存在するかどうかを検証する方法が考えられる。社会構成主義的実践の方向(Gergen, 1994)では、本モデルにより家族療法の方法論を解釈し、新たな治療論の示唆を行うか、本モデルの存在そのものを被治療者に提示し、被治療者の既存の世界観を再構築するのに利用することで治療に寄与することが考えられる。両方向の平行が最も妥当であろう。

    引用文献

  • Bateson, G. (1972). Steps to an Ecology of Mind. Harper & Row. (邦訳:佐藤良明 (1990). 精神の生態学. 思索社).
  • Ciompi, L (1982). Affektlogik. Klett-Cotta. (邦訳:松本雅彦 他 (1994) 感情論理. 学樹書院).
  • Gergen, K. J. (1994). Toward transformation in social knowledge. Sage Publications. (邦訳:杉万俊夫 他 (1998). もう一つの社会心理学. ナカニシヤ出版).
  • 長谷 正人 (1989). ダブル・バインドへのシステム論的アプローチ. 社会学評論, 40, 311-324.
  • Heider, F. (1958). The Psychology of Interpersonal Relations. John Wiley & Sons. (邦訳:大橋正夫 (1978). 対人関係の心理学. 誠信書房).
  • Hochschild, A. R. (1979). Emotion Work, Feeling Rules and Social Structure. American Journal of Sociology, 85, 551-575.
  • Newcomb, T. M. (1953). An approach to the study of communicative acts. Psychological Review, 60, 393-404.
  • 岡堂 哲雄(編) (1992). 家族心理学入門. 培風館.
  • 岡原 正幸, 山田 昌弘, 安川 一, 石川 准 (1997). 感情の社会学 −エモーション・コンシャスな時代. 世界思想社.

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